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令和3年1月17日 日記

連日の雪かき。腰痛い。昨日は暖気が入ったため、雪が水気を帯びてさらに重い。辛い。今も降っている。未明に除雪車が来るだろう。気が重い。そろそろ寝る。そして5時には起きる。除雪車が通った後始末をせねば車を出せぬ。

予算編成も大詰めを迎えている。コロナワクチンの補正も入ってくる。明日からの一週間も、帰宅は22時を過ぎる見通しである。24時をまわるようなことはなくなったが、まだまだ事務を効率化しなければならない。来年に向けての課題だが、予算成立後にあらためて整理することとする。

令和3年1月11日 日記

引き続き腰痛。雪かきによるもの。残念ながら今日も降った。昔は安静にしておくのが一番と信じていたが、最近は動かした方がよいという説を採用しており、今日も積極的に雪かきに興じた。そのおかげで、一層腰痛が辛くなった次第である。

昼、買い物。某服屋に行く。昼食後だったので店内のトイレ位置を確認。店内には男女共用トイレが1室のみのようである。その時点では特段便意はなかったため、トイレには入らず店内を見てまわることとした。「トイレは1室のみか…」という心の声がこだましていたが。店内をひとまわりして、トイレ近くに来たところ、女性がトイレに入ったのが見えた。「ああ、しばらくは入れないな。今、便意がきたらどうしようかな…」と不安に思った刹那、やはり来た。地獄の始まりである。時間の流れるスピードが変わる。

まあ、なんやかんやで(記憶が失われている。)間に合った。よかった。助かった。

その後、PCショップへ。入店後ただちにトイレ位置を確認。トイレと思われたドアには「Staff Only」の張り紙。その下には「店内にはトイレはありません」との表示。これを見た途端、不安に襲われる。便意こそ来なかったものの、買いたいものを選ぶ余裕を失い、逃げるように退転。

切迫感はだいぶ落ち着いているものの、相変わらず不便な日々である。

令和3年1月9日 日記

朝、雪かき。除雪機のバッテリ上がってる。ヒモ引っ張ってエンジン始動。深い雪のなか思い機械を取りまわすのは結構重労働。腰を痛めた。バッテリに充電すべく、1時間ほどエンジンをかけっぱなしにしたが、残念ながらまだ6V強と使いものにならず。来年買い替えが必要だろうか。除雪機用バッテリは、車用と同じかそれ以上のお値段で悩む。

夜、焼肉始め。大変満足であった。食後、腸が活発化するのは御愛嬌。

令和3年1月1日 日記

初めて家族だけ自宅で過ごす大晦日と正月、私にはとても居心地がよくリラックスできました。急遽、妻の親族が首都圏から帰省することになり、例年どおり実家での会食のお誘いを受けたものの、今般の状況を踏まえ丁重にお断りした次第です。今度ばかりは「きっと大丈夫だろう」などと甘い対応をするわけにはいきません。妻は不満そうでしたが……

昨年の暮れから大腸が落ち着いてきています。昨年は一年を通して切迫便意に悩まされましたが、年末頃から急に収まってまいりました。原因はわかりません。早寝早起き(22時就寝、5時過ぎ起床)、ビタミン・マグネシウムの摂取、間食をやめたこと、乳製品(生クリーム、ホイップクリーム)をやめたこと等々が考えられます。生クリームをやめたことと間食をやめたことが大きい要因のように思います。この状態をいかに維持するか。これを令和3年の目標にしたいと存じます。

福岡伸一(2014)『せいめいのはなし』新潮文庫

せいめいのはなし (新潮文庫)

せいめいのはなし (新潮文庫)

福岡伸一氏と内田樹氏、川上弘美氏、朝吹真理子氏、養老孟子氏との生命に関する対談集。

細胞が何の細胞になるかは、あらかじめ内部的に決められてはいない。その前後左右上下の細胞との関係性によって初めて何になるか決まるわけです。(p.43)


一見すると私たちの体は確固たる物質の塊のようですが、時間の尺度を千年、一万年単位にして見ると、分子のゆるい淀みでしかありません。体を構成している要素は絶え間なく分解され、新たに取り込まれたものに置き換えられ、個体は常に外界と入れ替わっている。その意味では、今ここにいる「自分」という存在は一種の気体のようなものなんです。つまり、そこにあるのは流れそのものでしかない。そうした流れの中で、全体として一定のバランス(恒常性)が保たれた状態のことを「動的平衡」といいます。(p.73)


身体のあらゆる組織と細胞は、中身が入れ替わって作り替えられていますから、数ヶ月前の自分とは分子的な実体としては別物です。分子は外の環境からやってきて私たちの身体を「通り抜けていく」ようなものです。正確にいうと「通り抜ける」べき容れ物さえも、一時的に分子の密度が高くなっているおぼろげな部分でしかない。「通り過ぎつつある」分子が一時的に身体を形作っているだけです。(p.161)


皮膚というのは、人間の最前線で人間の輪郭を形づくっているように見えるけれども、ミクロな目で見ると実態が全然ないものです。穴だらけのすかすかででこぼこで、月の表面みたいなもの、境界とか生け垣のようなものでは全然なくて、それ自体もどんどん剥がれ落ちて真皮が押し出されて交代している、それが皮膚です。
 リアス式海岸を上から見ると海岸みたいに見えるけれども、砂浜に立つとどこがリアス式海岸なのかわからないといった、視点の違いです。ミクロの視点では、海岸線の距離が無限大になってしまう。境界面ではなくてインターフェースであるということになる。(p.249)

ここらへんにグッときた。生命とは一定ならず常に流れゆくもの。我々は、時間に閉じ込められているのではなかろうか。

12/23 日記

バターが効いていてザラザラした砂糖がたくさん付いているシュガートーストが大好物である。形は三角柱のやつが一番良い。表面はカリカリでザラザラ。中はしっとりモチモチ。想像しただけでたまらぬ。

コロナのせいでパン屋ではひとつずつラップにくるんで販売しなければならず、伴ってパンのカリカリ感が失われてしまう。残念であるが仕方ない。湿気でベチャっとしたのも悪くない。昔、牛乳移動販売車で売っていたメロンパンに比べれば全然可愛らしいものである。

シュガートーストは、車のなかで食べるのには向いていない。ザラザラした砂糖がこぼれやすいからである。車を停めてドアを開けて体を少し外に出しながら食べると、砂糖が車内に落ちなくてよろしい。

話は一転して、前に13か月の長期継続契約の例(委託業務の入札案内かなにか)を見た記憶があるのだが、そういう取扱いをしている自治体は結構あるのだろうか? 2月とか3月に「n年4月1日からn+1年3月○日まで」を契約期間とするようなやり方。ただの契約なら債務負担行為なしに3月中に契約(入札案内及び入札を含む。)できないが、長期継続契約だから3月にできる、ということなんだろう。自治法では「翌年度以降にわたり、(略)その他政令で定める契約を締結することができる」とあるから、n年度とn+1年度にわたるから大丈夫、ということ? 小生は、やったことがなかった。

12/20 日記

ヤマダ電機でフナイのテレビを購入した。10年以上お世話になったソニーBRAVIAとも今日でお別れ。32インチのBRAVIA、画面の淵が5センチくらいあったBRAVIA。あの淵の部分にはいったい何が入っていたのだろうか。フナイの新しいテレビには、1センチくらいしか淵がない。

スマホとつないでセットアップするなんて、パソコンみたい。テレビコーナーにいた年寄り連中、どうやってセットアップしているのだろうか?

funai.jp